大判例

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東京地方裁判所 昭和25年(ワ)3984号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

(事実)原告会社は昭和十年九月頃本件建物を建築し、ここに東京支店を置き纎維品の卸売業を営んでいたが、大東亞戦争激化に伴い企業整備のため営業が法令上不能となり一時東京支店を閉鎖することとなつた。他方、本件ビルのように堅固な建物は防空法等により収用されるおそれがあつたので、当時軍需会社であつた訴外羽田精機株式会社へ賃貸した。ところが、昭和二十年八月終戦となり訴外羽田精機は本件ビルも不必要となり原告に本件ビルの返還を申出た。原告は同年十一月一日訴外羽田精機の秘書課長であつた中島哲三郞に対し、本件ビルを期間昭和二十年十一月一日から昭和二十五年十二月末日まで、賃料一ケ月金八千円の約で賃貸した。しかして原告は本件ビルで営業を再開する必要があるので昭和二十五年四月十日附同月十二日到達の書面で被告中島に対し、「昭和二十五年十二月末日賃貸期間満了と同時に更新を拒絶する」旨の意思表示を発した。右更新を拒絶するについては正当の事由があるので、原被告間の本件ビル賃貸借契約は期間の満了と共に終了した。と主張し本件ビル全部の明渡を求めた。

被告中島は本件ビルの賃貸借契約には期間の定めがなかつた。又仮に期間の定めがあつたとしても原告のなした更新拒絶は正当の事由に基くものでないから拒絶はその効なく賃貸借は更新せられた。と抗争した。(他の爭點は省略する)

(判斷)原告一部勝訴。

判決は先づ、証拠によつて本件ビル賃貸借契約には原告主張の期間の定めがあつたと認定し、ついで、原告の本件ビル賃貸借契約更新拒絶が正当の事由に基づくか否かの点について判断をすすめ、双方の事情を仔細に比較考量した上、原告の更新拒絶は本件ビルの一部については正当の事由に基くものと認定して、被告に対し本件ビルの一部の明渡を命じた。終戦後家屋払底の世情に鑑み、賃貸人賃借人共存の実をあげさせるため、賃貸家屋の一部について借家法による正当事由に基づく解約の申入をなしうる旨の裁判は従屡々繰返された。この判決は右の理論を更に一歩すすめ、賃貸期間満了の際の更新拒絶も亦賃貸家屋の一部について有効になしうる旨の判示したものとして注目に価する。判決は更新拒絶について正当事由の有無を判断する前提として、まず原告側の事情についてつぎのように認定している。「……略……戦時中被告中島が原告会社の姉妹会社である吉忠航空機工業株式会社のためにも尽力するところがあつたこと等から、原告会社幹部は被告中島を信賴しており、羽田精機から本件ビルの返還を受けるやその管理を同被告に依賴し、次で同被告から賃借の申込があつたときは、将東京に再進出して東京支店を復活する考えはあつたが、当時終戦直後の混乱期で将の見透はつかず、直に東京支店を再開することは困難であつたばかりでなく、将これを再開することがあつてもさし当つては前記木造社宅並車庫の焼跡が使用できるので被告中島の申込を承諾した。そして後に認定するように原告会社は昭和二十一年になつて右焼跡に東京支店再開の足場として木造亞鉛葺二階建店舖十坪外二階十坪及び木造亞鉛葺平家建倉庫建坪四十二坪を建築したのであるが、依然実際の営業を開始できずにおり、同年夏頃は本件ビルを被告中島に売却する交渉まで行われた。ところが昭和二十二年一月原告会社顧問石塚陸が東京の状勢を視察して帰つてから、幹部の間で木村、桑原等が被告中島に転貸を許す等大巾の使用権限を与えた本件ビルの処置が問題とされるに至り、木村が退陣してここに原告会社の態度は一変し被告中島に本件ビルの明渡を求めるようになり、以或は一部の明渡を求め、或は賃料の増額を要求し、或は契約書の書替を要求し、或は本件ビルの返還を受ける代りに前記焼跡に建てた木造建物とその敷地を売却しようと申入れる等の交渉を重ねたが、結局本件ビルの明渡は実現せず、賃貸期間の満了を待つこととして右木造建物に東京支店を再開した。その後再開東京支店の経営は順調にすすみ逐年業績を上げて戦前の程度に達しつつあり、現営業所は終戦後の建物で粗造且狹隘なため商品の取扱、客の接待に不利不便をかこち、火災盜難の予防の点でも万全でなく、商品の保険料も高率となり、車庫や売出等の催しをするときの場所は他に求めなければならず、そのほか大小いろいろの点で営業上の支障を感じており、原告会社としてはすぐ傍に自己所有のしかも自己の営業目的に適するよう配慮して建築した本件ビルを眺め乍らこれを使用できないことは苦痛なことで、これを自己の手中に取戻して戦前の状態を再現し現在の営業上の支障を解決することを切望している状態である。なお被告中島の管理が不十分であつたため昭和二十五年一月中二回に亘り本件ビルの室内〓戻用ボイラー煙突過熱によつて隣接する阿部商店方倉庫に火災を生じ、そのため原告会社は同商店から損害賠償の請求の訴を提起された。」他方判決は被告等側の事情についてつぎのように認定した。曰く「……被告中島は今まで述べたように羽田精機の賃借以本件ビルと密接な関係を持ち、終戦後原告会社が遠く京都にあつて本件ビルの管理を一切同被告に委せ、ことに前記売買交渉の結果同被告において将その讓渡を受けうるという強い期待を抱かしめられる等で、自ら本件ビルに対して非常な愛着心を生じ終戦直後の不法占拠者を苦心して退去させ、又多額の資金を投じて逐次荒れていた本件ビル及その敷地の修理整備を行う等全力をあげて本件ビルの経営に努力しり、今日においては本件ビルで行つている貸ビル業が同被告の事業の中心をなし、これを奪れることは同被告にとつてまことに耐えがたいところであること、現在本件ビルの地階表側約十坪は被告社団法人馬主協会が、地階のうち第一、二、三倉庫を除くその外の部分及び一階表側中央約二十坪は被告共和工業株式会社が、一階表側向て左端の一室約六坪は本町薬化工業が、三階四階屋階及び地下第三倉庫は被告ライオン歯みがき株式会社が夫々中島から転借して使用し、被告中島自ら地階表側約十坪を被告馬主協会、共和工業と共同して使用していること、三階以上の被告ライオン歯みがきは関係団体である他の被告等に再転貸していること、一階のうち訴外本町薬化使用部分を除くその外の部分、二階全部及び地階第一乃至第三倉庫は従訴外室町物産株式会社が使用していたが、同訴外会社は昭和二十七年三月、中央区日本橋室町三丁目に新築された三井別館に移転し同年七月三十日右部分を被告中島に返還したこと、被告ライオンは墨田区橋一丁目に二千坪近い宅地と工場倉庫を所有しているが、終戦直後から本件ビルで宣伝、労務、人事、経営等の事務を行つてきているので、ここを立退くことは営業上非常な打撃となるのみならず、さしあたつて橋へ移転するとしても事務所を新築するほかなく適当な移転場所もない」

判断は以上認定の事実に基ずきつぎのように結論している。曰く。「右の如き当事者双方の事情を比較衝量し尚前記認定に係る従の径緯その他諸般の事情を綜合すれば、原告会社が本件ビルを必要とする窮迫の程度は十分之を察知しうるのであるが、一方被告側の立場を考えるときはその全部の明渡を求めて之に多大の犠牲と困窮を強うることは又当を失したものというべく、原告はその一部の明渡を得ることによりその必要の最小限を満し以つて被告等と相互に互讓協調の実をあぐるを相当としよう。即ち原告が前記賃貸借契約の更新を拒絶するについては本件ビルの一部についてのみ正当の事由あるものと謂うべく、右の部分は前記認定の原告会社の営業状況と被告側の事情とから判断して一、二階の全部及び地階第三倉庫を選ぶことにより、原告会社東京支店の営業所かく得の必要を充すと同時に被告等に苦しい支障を与えないことができるので、この部分の明渡を求める限度においてのみ更新拒絶の正当事由があつたものというべく、被告中島の本件ビルの賃借権は右部分についてのみ昭和二十五年十二月三十一日の期間満了と同時に消滅したものと断ぜざるを得ない。」

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